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ごくタマBlogは引っ越しました

このブログは、自分のホームページ okabe.jp の中に引っ越しました。 新しいアドレスはこちらです。 https://blog.okabe.jp/ これまでの記事18本もすべて持っていきました。題名や本文、日付はそのままで、検索もできるようにしてあります。Blogger に置いたままでも困ることはなかったのですが、自分の手元で面倒を見るほうが気が楽だと思ったのと、これからもごくタマに書き続けるつもりなので、思い切って引っ越すことにしました。 こちらの古いブログはしばらくこのまま残しておきますが、新しい記事は blog.okabe.jp のほうに書きます。今後ともよろしくお願いします。

ChatGを考える

ChatGに本の名前をあげて、その読後感を書いてくれと頼むと書いてくれます。そんなのを小学生に使わせたら頭を使わない子ができるから禁止しなければいけないという意見があるようです。はたしてそうなんでしょうか?私が小学生になったころは数字の計算は筆算か算盤しかありませんでしたが、いまは電卓で計算するのが普通になっています。計算能力も低下しているはずですがスーパーのレシートにはいくら受け取ったのでお釣りはいくらですと印刷されてきます。計算する必要がない世界になっているのです。毛筆で字が書けないといけない時代から万年筆やボールペンに移り変わり今では口述で書ける時代になりつつあります。世の中が後戻りできない形で変わってゆくのは物理法則のように確かなことだと我々は観念すべきはないでしょうか? ChatGは弁護士や医者になるための国家試験に合格する能力を持っていると言われています。我々はスマートフォンが傍らにありさえすれば医者や弁護士の試験に合格できる能力をもっていることになります。本を読まずに読後感をChatGに書いてもらうのはインチキですがChatG後の世界では「読後感」を書きなさいという設問が時代に合わなくなってきたと悟るべきだと思います。さらにいえばChatGを使えば合格できるような弁護士や医師の国家試験って意味があるのでしょうか? 今年生まれた子供が大きくなったときに弁護士や医師の職業は今とは様変わりしているはずです。子供にChatGを禁止するのではなくChatGにできることやできないことを早くから体感させるというのが人類の歴史に逆らわないやり方ではないかと思うのですがどうでしょうか?

AIの赤ちゃんが生まれた?

chatGPTが話題になっています。 私は学生のころ、1968年に封切られた「2001年宇宙の旅」というキューブリックさんの作った映画を思い出します。2001年には映画に出てきたようなAIは間に合いませんでしたが、2022年の末に映画にでてきたHALというコンピュータに似たレベルのものが出現しました。 似たレベルとはいえ、検索に使用すると間違いだらけの大嘘を提示するというとてつもない欠点があるですが、人間の自然な言葉をそのまま理解する初代バージョンとしては、もう十分すぎるぐらいの合格点だと思います。 グーグルもBERT(あるいはBART)という名前で似たようなトレーニングをしたAIを持っていてそれを出してくるそうです。でもGoogleが作ったものがchatGほどの嘘をつくと社会的な影響が大きすぎるので袋叩きに合うかも知れないので、そう簡単には出せない可能性があると思います。 某国の検索会社も自らのAIを発表したのですがいろいろと質問を重ねると政府に都合の悪いことを口走ったりするので公開禁止になったそうです。 このAIは社会が変革するほどの影響があると思いますが、AIが真実を語ると都合が悪い国ではAIの使用が禁止されて使えないので国力の格差につながるかもかもしれませんね。chatGの成長を見守りたいですね。

ウクライナをどう報道する?

 ニュース番組はスポーツの結果、殺人事件、政治家の汚職、あるいはいろんな事故等を盛り合わせ、ひとつの「作品(物語)」として報道されています。おそらく製作者は映画で言えば「後編に乞うご期待」的なものをその「作品(物語)」に組み込み視聴率が稼げるような工夫をしているはずです。視聴率がとれないトピックやコメンテーターはどんどん入れ替えているのでしょう。語弊があるといけませんがいまはウクライナの戦争を放送すれば視聴率が取れます。もっと視聴率を上げるためには気の利いたことがいえるコメンテーターが必要なので、それを見つけるのに奔走していると思います。 コロナの初期には「専門家」はいないはずなのに、え?この先生が「専門家?」っていうのもありましたし、「経済評論家」のはずのひとが福島の原発事故の炉心溶融について解説したりしたのでテレビに登場する「専門家」の中にはチョットあやしい人もいそうな気が、、、、 昨今のウクライナの戦争に関する報道はしっかり見ているのですが戦争なので情報にはプロパガンダも含まれているはずです。もし仮に日本中のだれもがウクライナの戦争場面でテレビのスイッチを切るとニュースで戦争を伝える時間は大幅に短縮されるでしょう。テレビ局は戦争の悲惨さを伝えるという公器としての役割を果たす一方で、難民は悲惨な程、仇役は残忍なほど視聴率が上がるのを意識していると思います。良いとか悪いではなくてそういう大衆の動きが世の中を動かすエネルギーになっているのでしょう。皆が望むものが供給される「視聴率民主主義」の時代といえるかも知れません。 もっともこの「視聴率民主主義」はYouTubeやSNSなど右系と左系に色分けがきつくなり国民の意見の対立が先鋭化するという弱点がありそうです。

ゴーンさんは「人間万事塞翁が馬」の好例?

https://youtu.be/m79RUC1OAbU を見てカルロス・ゴーンさんのことを思い出しました。事件の筋書きは単純で、ゴーンさんが日本人の常識から理解しにくい法外な給料を自分ひとりに支払おうとしていたので、それを妬んだまわりのひとに裏切られ検察に売られたというのが実態だと思っています。ゴーンさんはこのYouTuberのShogoさんの言う「 日本人のグループ意識」が理解できてなかったので自分一人だけ法外な高給を取ることになんの 躊躇もなかったはずです。幸いにも彼は「日本丸」 を出てもレバノンという逃亡先があるので逃亡したのですが、、、、 もともとゴーンさんは系列会社の苦しみを気にせずに日産のコスト カッターとして辣腕を奮ってきたと思うのですが、 これも彼が日本人のgroupismを理解していない外国人だか ら仲間の会社でも冷酷に切リ捨てることができたという面もあります。日本人でないことが彼の成功の源であり、 同時にそれが仲間内から弾かれ、逃亡に導かれた原因でもあったということで「人間万事塞翁が馬」の好例かもしれません。

専門家会議???

 大阪ではコロナがますます広がっています。政府の専門家会議からの発信は「密をさけるように」一本槍であとは「もう第4派でしょう」などと評論家風の発言しか聞こえてきません。 これまでPCRをコロナ対策として戦略的に使うべきであるという声を無視?して、単に確定診断の道具としてしか使ってこなかったと思うのですが、もしそれが作戦なのであれば他のどういう手段を使ってコロナと対峙する計画なのかはしめされていないとおもいます。 病院のベッド数、医師数、コロナ患者数の欧米と我が国との比較はどうなっているのか?病床の逼迫にたいしてどのように対処する予定なのか?そのあたりの方針はまるで示されていません。事態は逼迫しているのに「密をさけるように」という受け身の戦略しか聞こえてこない専門家会議は本当に専門家会議と言えるのか疑問を感じる今日このごろです。

国旗に礼!

 昔は政府の記者会見などで国旗を後ろに置くことはなかったと思いますが最近は国旗が置かれています。ニュースでは大臣等が国旗に礼をするところから映像が流れます。おそらく国からそうするようにとの要請があってすべてのテレビ局はそれに従っているのでしょう。「国旗に礼をする」ミームを国民に広げる運動をしてるのだと思います。「国旗に礼」を推進する立場であれば国旗の前では誠心誠意、真実を述べるのが正しい姿だと思います。万一、国旗に礼をした跡で嘘をついたりしたら国旗に対する冒涜であることはわかっているハズですが、どうも建前と本音は違うようです。国旗を大切にという本人が国旗を大切にする精神を示さないというパラドックス!